【第4回】生成AIの開発・学習と法的問題① - 生成AIの学習と著作権 -
August 15th, 2024
今回の目的
前回の記事では、生成AIの利用者の目線から、そのリスクについてご説明しました。 次は、今回及び次回にわたって、反対に開発者の目線から、生成AIにおける開発・学習の局面における法的論点を解説する予定です。今回は、生成AIの学習と著作権に関する問題について見ていきましょう。
生成AIの学習と著作権(著作権法30条の4の権利制限規定について)
たとえば画像生成AIの場合、開発の過程で無数の画像を学習することが必要となります。このように、既存の著作物をAIに学習させる行為や、その前提として著作物をデータベースに記録する行為は、著作物の利用、具体的には複製または翻案に該当する可能性がありますが、著作権者の許諾が必要でしょうか。
この点について、現行の著作権法上は、許諾は不要という結論になる可能性が高いものの、一定の例外もあるため、注意する必要があります。まず、著作権法は30条から47条の7にかけて、権利者の了解を得ずに著作物等を利用できる例外を定めています(いわゆる「権利制限規定」)が、このうち、30条の4は、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」として、以下の例外を定めています。
第30条の4
著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。- ― 略 ―
- 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第47条の5第1項第2号において同じ。)の用に供する場合
- ― 略 ―
そして、著作権法を所管する文化庁が、AIと著作権法の関係を整理するためにパブリックコメントを踏まえて公表した「AIと著作権に関する考え方について(素案)(令和6年2月29日時点版)」(以下「本考え方」)19頁の記載を踏まえると、まずは既存の著作物をAIに学習させる行為や、その前提として著作物をデータベースに記録する行為が、同条本文の「著作物に表現された思想・感情を享受することを目的としない場合」と、同条2号の「情報解析の用に供する場合」に当たるかを検討する必要があります。なお、「著作物に表現された思想・感情を享受(※1)する目的」と「情報解析の用に供する目的」は併存し得ると考えられており、これらの目的をともに有する場合は、この権利制限規定の適用を受けることはできず、権利者による許諾が必要となります。
たとえば、学習データに含まれる著作物の創作的表現の全部又は一部を出力させることを目的とした学習を意図的に行うためにある著作物を複製等する場合(特定のキャラクターのイラストを学習させ、似たようなイラストの出力を意図している場合など)には、享受目的があると評価される可能性があり、その場合は「情報解析の用に供する目的」の有無にかかわらず、著作権侵害となり得ます。他方、このような享受目的がなく、純粋に、既存の著作物をAIに学習させる行為や、その前提として画像をデータベースに記録する行為については、いずれも2号の「情報解析」に当たるものと考えられます。この場合は、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に当たらない限り、学習のための著作物の利用は、著作権侵害とはならないと考えられます。
では、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」とは、どのような場合でしょうか。
この点について、本考え方22頁以下によると、当該場合に該当するか否かは、「著作権者の著作物の利用市場と衝突するか、あるいは将来における著作物の潜在的販路を阻害するかという観点から、技術の進展や、著作物の利用態様の変化といった諸般の事情を総合的に考慮して検討することが必要」と説明されています(※2)。
以上のとおり、AI学習のために著作物を利用することは、「著作物に表現された思想・感情を享受する目的を有している場合」や、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に当たらない限りは、著作権侵害とならないものと考えられます。ところで、この、著作権法30条の4の「情報解析」は、営利目的かどうかを問題としていません。営利目的の場合を含め、著作物の広範な機械学習への利用を可能とする条項は、諸外国の法制と比較しても珍しく、日本は機械学習を行う上で、非常に恵まれた環境にあるといえます。
なお、以上はあくまでも日本の著作権法の議論であることに注意が必要です。属地主義の原則と呼ばれる考え方から、日本国内においては日本の著作権法が適用されることが原則ですが、海外での利用を含む場合は、現地国の法律が別途問題となる可能性があり、慎重な検討が求められますので、個別に弁護士にご相談することをお勧めいたします。
オーバーライド条項
契約や利用規約によっては、「このコンテンツを機械学習させることは禁止」といった定めを置いている場合があります。このような条項は、著作権法30条の4を上書きするという趣旨から「オーバーライド条項」と呼ばれることがあります。では、オーバーライド条項に違反して機械学習をさせることは、違法となってしまうのでしょうか(※3)。
そもそも、そのような合意が当事者間に成立しているかが問題となり、明確に契約締結をしている場合でなければ、定型約款(民法548条の2以下)の要件を満たすかが問題となることが多いでしょう。また、仮に契約が有効に締結されていたとしても、個別の事情によっては、オーバーライド条項は公序良俗違反で無効(民法90条)と考える見解も有力であり、その有効性については現状明確ではありません。
学習対象を限定する方向性
最後に、生成AIの出力結果が第三者の著作権を侵害するリスクがあることは、前回の記事で解説しました。この点に関し、そのような侵害が生じてしまうリスクを回避するため、学習対象を、あらかじめ許諾を得た著作物に限定したことをセールスポイントとするAIサービスが登場していることは注目に値します。
※1 「享受」とは、一般的には「精神的にすぐれたものや物質上の利益などを、受け入れ味わいたのしむこと」を意味するとされており、享受目的の有無は、著作物等の視聴等を通じて、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ることに向けられた行為であるか否かという観点から判断されると考えられています(本考え方10頁)。
※2 具体例として、AI学習のための著作物の複製等を防止する技術的な措置が講じられており、かつ、情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が将来販売される予定があることが推認される場合において、当該措置を回避して、クローラによるデータ収集を行うことは、当該データベースの著作物の将来における潜在的販路を阻害する行為として「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当し得るとされています(本考え方26頁)。
※3 なお、本考え方25頁では、「著作権者が反対の意思を示していることそれ自体をもって、権利制限規定の対象から除外されると解釈することは困難」「こうした意思表示があることのみをもって、法第30条の4ただし書に該当するとは考えられない。」との見解が示されています。
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