【第3回】損害賠償リスクを下げる利用規約づくり①
June 15th, 2024
損害賠償条項の策定…の前に
法務部門の立場としては、契約上の損害賠償リスクをできるだけ低減した利用規約を作りたいところです。例えば、損害賠償に関して、「当社が提供した商品の品質に欠陥があった場合でも、当社は一切損害賠償、交換、修理をいたしません。」というような自社の損害賠償責任を制限する条項(責任制限条項)を設けることが一番に思いつくかもしれません。ですが、責任制限条項は、自社が債務の履行を怠ることが前提となっています。その前に、まずは、自社製品やサービスの内容を精査し、そもそも自社が履行しなくてはならない債務の内容をしっかりと理解して、利用規約の作成を始めることが大切です。今回は、自社サービスの提供の場合におけるサービス内容の精査の重要性からご説明します。
サービス内容としてリスクを下げる
責任制限条項は、リスクを減らす手段の一つとして、分かりやすく、強力な効果がある(ように見える)ものです。しかし、いつも条項どおりの効果が得られるわけではありません。上記の責任制限条項の例も、自社サービスに問題があると知りながら告げずに取引をした場合には免責されませんし(民法572条)、B to C取引であれば、債務不履行責任を全部免除する条項として無効となります(消費者契約法8条1項1号)。 債務不履行責任の本質は、「債務者が債務の本旨に従った履行をしないこと」、つまり約束を反故にしたことに対する責任ですから、そもそも約束していない行為なら、それを行わなくても債務不履行にはなりません。
そのため、自社サービスの提供に関する責任を適切に限定するためには、債務不履行責任があることを前提に、それを免除するということだけでなく、いたずらに債務不履行責任を負うことにならないように、自社が責任を負うべき債務の内容を適切に設計するという発想が重要です。まずは、利用規約を適用する自社サービスの内容を精査し、自社が負うべき債務の内容を適切に限定することで、債務不履行となるリスクを下げることができるというわけです。
自社サービスの確認
債務の内容の検討は、「自社が顧客に提供するものが何なのか」から出発します。一般的には、商品を売る売買契約、物件を貸す賃貸借契約、またはこれ以外のサービスを提供する役務提供型契約(請負・準委任・寄託など。)に分類されることが多いでしょう。
例えば、顧客に対して一定の仕事を完成させることを約束するのであれば請負契約となりますが、その場合、請負人は仕事を約束どおりに完成させる義務を負います。仮に、サービス提供後に、その品質等が契約で定める内容に適合していないこと(契約不適合)が発覚すれば、債務不履行となり、注文者から、契約不適合責任を追及されるおそれがあります(民法636条)。
一方で、一定の仕事をすることを約束していても「仕事を完成させること」まで約束しないのであれば、準委任契約となり、「仕事を完成させる義務」は負いません。この場合には、顧客の希望する結果にならなかったとしても、直ちに債務不履行責任を負うものではありません。その代わり、一般的に要求されるような注意義務も尽くさず、ずさんな仕事をすれば、善管注意義務(民法644条)違反という債務不履行により、損害賠償責任を負うこととなります。ただ、民法が制定されたのは明治時代ですから、近時のアプリケーションライセンス契約のように民法上の位置づけが難しい契約類型や、複数の性質を有する契約類型もあります。したがって、そのような場合には、契約の中で債務の内容や債務不履行の場合の処理を定めておく必要性がより高まるといえます。
利用規約に定めるサービス内容への落とし込み
自社サービスについて、顧客に対して何を約束するのかを検討すれば、法的性質に応じて、法律上、どのような義務を負い、どこからは責任を負わないのかが見えてきます。このように整理された法的性質を頭に置きつつ、適切に債務の範囲を設定し、想定外の債務不履行責任を負うことにならないように設計していきます。
例えば、SaaSの利用契約においては、サービス品質などを定めたSLA(Service Level Agreement ※1)を組み込むことがあります。前述の請負/準委任の例にも似ていますが、SLAに定めたサービスレベルの達成を法的義務として定めた場合、そのサービスレベルを達成できなければ債務不履行になりますし、サービスレベルの達成を努力義務として定めた場合には、サービスレベルを達成できなくとも直ちに債務不履行にはならないと考えられます(※2)。もちろん、努力義務であっても、そのサービスレベルの達成に向けて取り組むべき義務は負いますので、全くリスクがないわけではありませんが、債務の内容の定め方によって債務不履行となるかどうかが変わる大きなポイントでしょう。
また、電子商取引の場面では、「当社は、技術的に履行が不可能な事由が生じた場合には、一時的にサービスの提供を中断します。」などと規定するのも一案です。ここでは、提供すべきサービス(債務)の内容は、技術的に対応が不可能な事由による一時的中断があり得るような性質のものと合意され、事業者は技術的に可能な範囲でサービスを提供すれば債務の本旨に従った履行をしたと評価されると考えられます(※3)。 具体的に利用規約の文言を検討する際には、IPAが公開している情報システム保守運用委託基本モデル契約書(※4)の以下のような定めなどを参考に、自社サービスにおいて想定される事由等を踏まえてアレンジしていくとよいでしょう。
第11条
乙(※受託者:ベンダ)は、次の各号の場合には本件業務の全部又は一部を停止することができるものとし、これに対し何らの責任も負担しないものとする。- 天災・事変等の非常事態により本件業務の遂行が不能となったとき
- 本件業務の用に供する建物、通信回線、電子計算機その他の設備の保守、工事その 他やむを得ない事由があるとき
- 本件業務の対象となっている甲の設備(ハードウェア及びソフトウェアを含む。) が不具合等により停止したとき
- 本件業務において、又は本件業務の対象に、電気通信事業者が提供する電気通 信がある場合、当該電気通信が中断・中止したとき
- 甲及び乙が別途合意した事由に基づく場合
※1 ITサービスの提供者と委託者の間で、ITサービスの契約を締結する際に、提供するサービスの範囲・内容及び前提となる諸事情を踏まえた上で、サービスの品質に対する要求水準を規定するとともに、規定した内容が適正に実現されるための運営ルールを両者の合意として明文化したもののこと(「情報システムに係る政府調達へのSLA導入ガイドライン」独立行政法人情報処理推進機構平成16年3月)。
※2 経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」23頁(令和4年4月)266頁
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/ec/20220401-1.pdf
※3 消費者庁消費者制度課「消費者契約法 逐条解説」(2023年6月)129頁https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/consumer_contract_act/annotations/assets/consumer_system_cms203_230915_13.pdf
※4 「情報システム・モデル取引・契約書(受託開発(一部企画を含む)、保守運用)〈第二版〉」2020年12月
https://www.ipa.go.jp/digital/model/ug65p90000001ljh-att/000087884.docx
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